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なごすいぶろぐ。「すべてはなごすいのために」。
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演奏会が終わった。

演奏会はおとといだったわけだが、もう昨日は疲れ切っていて何もする気が起こらなかった。塾の講義中も何だかぼんやりしていて、文法の授業ではしゃべってることと板書してることが違っていて、生徒に指摘される始末だった…。

しかしそれだけ疲れていたということは、翻って考えればそれだけ充実していたとか、本気で取り組めたとかいうことも言えそうで、演奏会をやったぜ!という実感が確かにある。うん、いいな。
主体的に取り組むということをしたのが久しぶりだったのかもしれない。他人の計画に乗るとか、成り行きで何かをする、という機会はあっても、自分たちで計画を立て、それを何とか実行しよう・成功させようと努力する機会があまりなかったのかな。

よくよく考えてみれば、普段の生活でも似たようなことがある。塾のふつうの講義では、今週はテキストのこの問題、来週はこの問題、とスケジュールが決まっているわけだが、ただ一つ古典の文法の問題だけはテキストも存在せず、自分で資料を作り、自分で講義の内容を考えている。もともと「古典文法」という講義は存在せず、フリータイムの時間に生徒たちの質問に答えていたらいつのまにか、「古典文法の講義やってみませんか?」というオファが来たのだった。
普段の講義では「教え方がいまいちだったなぁ」と思うことはあっても、古典文法の講義はそういうことを感じることはまず無い。この実感の違いが、テキストや資料の内容に依存するのか、自分の能力に依存するのか、モチベーションに依存するのかはよくわからないが、「なんだかうまくいってうれしい」という点で、今回の演奏会を終えたときの充実感と似たところがある。

こう考えてみると、自分ではちゃんとやっているつもりでも、まだまだ突っ込んでいける・努力していける余地があるようなことがたくさんあるのだなぁと反省させられる。如何に(他律でなく)自律して動くことができるのか。これは、大げさかもしれないけれど、自分の生き方を評価する上での一つの基準になるのかもしれない、と思った。

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