2005/06/25
Document Actions
悲しさを奏でる楽器
バイオリンは直情的な深い悲しみを奏でるのに良い。
例えばクラリネットは孤独の寂しさを奏でるのには良いが、悲しさそのものを表現するには適していないように思う。少なくとも自分の感じる悲しさに通じるものは表現できない。
琴線に触れる、という表現があるように、弦という発音装置が持つ、感情の生々しさは管楽器のそれよりも優れているように見える。
吹奏楽をやっていていつも思うのは、どんなに管楽器が激情を表現しようと思ってもそれは0以上のものでしかなく、マイナスの境地に達するのには大きな困難を伴うということ。
感情の深淵に立つとき、果たしてそれを表現することができるのか?今までそれを表現しえた吹奏者がいるのか?
表現の限界が楽器の限界に制約を受けているとすれば、その苦悩は推して知るべし。いやその苦悩がその限界を超える唯一の方法なのかもしれない。私にはどんな音が出せるのか。
例えばクラリネットは孤独の寂しさを奏でるのには良いが、悲しさそのものを表現するには適していないように思う。少なくとも自分の感じる悲しさに通じるものは表現できない。
琴線に触れる、という表現があるように、弦という発音装置が持つ、感情の生々しさは管楽器のそれよりも優れているように見える。
吹奏楽をやっていていつも思うのは、どんなに管楽器が激情を表現しようと思ってもそれは0以上のものでしかなく、マイナスの境地に達するのには大きな困難を伴うということ。
感情の深淵に立つとき、果たしてそれを表現することができるのか?今までそれを表現しえた吹奏者がいるのか?
表現の限界が楽器の限界に制約を受けているとすれば、その苦悩は推して知るべし。いやその苦悩がその限界を超える唯一の方法なのかもしれない。私にはどんな音が出せるのか。
- Category(s)
-
Nagosui
- The URL to Trackback this entry is:
- http://nagosui.org/Nagosui/COREBlog2/88/tbping

